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犬の能力については、人間との比較で嗅覚や聴覚が特に優れているためにさまざまな
目的で訓練された犬を見かけることがあります。歴史上の関係でも、人間にはない犬の
優れた点を利用して共存共栄をはかってきた経緯があります。それは逆に犬から見れば
自分たちにはない優れた点を人間はもっている、と認めてきたからでしょう。
この部分が、犬のもっている能力のなかでも秀逸な点だと思います。
本来持っていた嗅覚や聴覚が進化の過程でどの程度、バージョンアップしてきたかは
確かめるべくもありませんが、自分よりも優れた点をもっている人間への深い洞察力と
現代風にいえば優れたリスク管理が進化とともに磨き上げられてきたのでは
ないでしょうか。接する人に応じて変える自己主張の度合いの違いは、いっぱしの大人
顔負けのものがあり、脳の容量とは比例しないかなりの生きる知恵をもっているように
思います。
元々、後天的な能力は後天的な環境で醸成されるとの認識があります。オオカミに
育てられた女の子の映像をテレビで見たことがあります。オオカミ風ではありますが
オオカミにはなりきれていない姿がそこにはありました。わずか数十年の環境が、その
本質まで変化させることなどできる訳もなく、動物の寿命をはるかに超えた永い
プロジェクトの末に完成されるべきものでしょう。
犬や猫を飼ったことのある人なら一度は思ったことがあるでしょう。
「一回でもいいから言葉を交わしてみたい」と。推測の域ではなく、また相手を確かめる
ためでもなく、動物的な感触の交わりとして肌で感じたいと・・・。
生理学的に人間に近い動物の順位をつけるような学問もありますが、現状の結果を
みても明らかなように、犬の総合的な能力といいますか、与えられた役割の比重の
ウエイトは、他の動植物のなかで、群を抜いているのでしょう。
人は、もはや飼い主として扶養している立場ではなく、卓越した忍耐力、相手のこころに
ストレートに訴える正直さを素直に認めて、我が身を反省する時期ではないでしょうか。
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